【第2章】各ステップの概要
<1>NICUスタッフとご家族との在宅医療に向けての意識の共有
①スタッフへの意識づけNICUで長期管理されている重症児は、人工呼吸管理や経管栄養といった特殊な医療的ケアが必要な例が多く、例え急性期を過ぎても、そのままNICUの入院を漫然と継続することになりやすい。また、面会にいらっしゃるご家族に関しては、長期管理されている児ほど、面会頻度が下がっていく傾向が見られる。そのような児のご家族は、NICUという医療設備の整った環境で、専門技術を持ったスタッフによって児がケアされることに慣れており、ご家族が児のケアの第1人者になるという自覚を持ちにくい。さらにNICUスタッフ自身も、ご家族を医療的ケアに参与させようと考える意識が乏しいことが多い。
そこでまず、NICUスタッフの意識改革を図る必要がある。NICUスタッフは、在宅医療に向けて積極的に支援していくよう心がけていかなければならない。これに関する研究調査の結果を、第3章に付記する。
②ご家族の心を支える
ご家族が「この子と一緒にいたい」と思えるよう、NICUスタッフはご家族に積極的に声をかけていくことが大切である。例えば、児のちょっとした笑顔や刺激への反応を敏感に見つけ、そのことを保護者に積極的にアピールし、良い反応を引き出せるような関わり方を模索して伝えていく。スタッフの中に臨床心理士がいる場合は、心理士から積極的に保護者に働きかけ、悩みや不安を気軽に話せるオープンな関係を築いておく。実際、厚生労働省医政局が出した周産期センター整備指針(2009年10月改訂版)では、周産期センターに臨床心理士が配属されることが求められている。
③ご家族との意識の共有
NICUでの面会だけでは、ご家族が重症乳幼児のケアを十分に身に付けることは難しい。しかし、小児病棟で保護者が付き添い入院すれば、保護者と同じベッドの上で赤ちゃんと添い寝し、抱っこし、おむつを換えるなど、ケア全体に携わることができるようになる。保護者が児をケアする喜びを感じ、保護者と児の愛着を形成するためには、付き添い入院が重要である。そのことをご家族に納得していただくことが、在宅医療に向けての最初の重要なポイントとなる。
NICUでの面会を通じてご家族と児との関わりが密になったと判断された段階で、以下のように話を進めていく。
1.「お子様の発達を促すために、そしてご家族との愛着を確立させるためには、ご自宅でケアするが一番です。」と説明する。
2. 在宅医療を進めるために、医療者側から出来る限りの支援をすることを伝える。
3.「このようなケアを習得すればおうちへ帰れますよ。」と具体的なケア内容を説明する。
4. ご家族が面会に来られたときに、ケアの方法を少しずつ指導していく。
5.「いずれは小児病棟へ転棟し、親御さんがお子様の付き添いをしながらケアを学んで頂く機会を設けますよ。」と説明する。
保護者が付き添い入院の必要性をよく理解していただけたら、小児病棟への転棟を具体的に計画していく。
<2>小児病棟への転棟前の準備
①制度上の準備さまざまな福祉制度があるため、ぜひ積極的に活用したほうがよい。その中でも、身体障害者手帳の取得と障害児用のベビーカー(通称、バギー)の作成は時間を要するため、NICUにいる時期から進めていったほうが良い。それらの詳細は<10>を参照のこと。
②医療的な準備
NICUにいる時から、医療的ケアの内容は小児病棟に合わせたものに変更し、転棟した後にケアの内容が変化しないよう配慮する。なぜなら、NICUから小児病棟へ転棟する際には、児の住居、スタッフ、生活サイクル全てが変化することになり、それだけで児への負担が大きいからである。具体的には、人工呼吸器を在宅用の器械に変更したり、気管切開カニューレや胃チューブ、経管栄養の栄養剤を小児病棟で採用されているものに変更したり、有用性の少ない治療を終了したり、注射治療を内服薬に変更したほうが良い。そのためにNICUの主治医は、転棟の前から小児病棟の医師と連絡を取り、病棟間で医療的ケアに齟齬が出ないように配慮する。医療的ケアの内容を小児病棟が受け容れられるレベルにまで簡略化し、それでも児の状態が安定していることを確認した上で、小児病棟への転棟計画を具体化させていく。
<3>NICUから小児病棟への転棟
①NICUの医師は、小児病棟で責任を担う医師を決めて連絡を取る。②転棟の具体的な日程と段取りを、話し合って決めておく。
③小児病棟の担当医師は、担当看護師を決めて、ともに協力して児の在宅医療支援に取り組む。
④担当医師は、在宅医療に向けての事務的手続きを把握し、長期的な計画を立てる。
その際、医療ソーシャルワーカーなどの法的制度に明るい病院スタッフと連携すると良い。
転棟に際しては、医師から医師へ、看護師から看護師への申し送りを作成する。
転棟後は、まず小児病棟のスタッフ自身が児の状態と医療的ケアを把握するために1週間ほどの時間を要する。またそれと平行して、保護者になるべく頻回に面会に来ていただいて、児のケアを少しずつでも実践してもらう。
<4>家族への精神的ケア
在宅医療を現実化していく過程で、保護者の不安は徐々に増大していく。ただ保護者は、その不安な気持ちを、主治医や担当看護師に正直に出せないことが多い。なぜなら、「お世話していただいているのに文句を言ってはいけない」「主治医から嫌われてはいけない」という遠慮と自己防衛の心理が働くためである。そこで、保護者の不安な気持ちを十分に受け止めて理解する役割として、臨床心理士や、直接ケアをしない主任看護師といったカウンセリングスタッフの働きが、重要である。なぜなら、たとえ解決不可能な不安であっても、不安を言葉に出して医療スタッフに聞いてもらうことで、保護者の気持ちは落ち着くことが多いからである。カウンセリングスタッフが保護者から聞いた内容は、全てを主治医に伝えるのではなく、解決可能と判断できる事案のみを主治医に伝えたほうが良い。なぜなら、カウンセリングスタッフを通じて主治医が保護者の秘匿情報を知ったことが保護者に察知されると、保護者がカウンセリングスタッフに対して心を閉ざす可能性があるからである。また、保護者の話が逐一主治医に伝わった場合、主治医は「保護者からそんな話を聞かなかったのは、自分が信頼されていないためではないか。」と思い、傷つくからである。患者と主治医との間にこのような埋めがたい心理的な溝があることを、カウンセリングスタッフは配慮する必要がある。
<5>家族への日常的ケアの指導
ご家族が面会に来られた機会に、体位交換、清拭、入浴、洗髪といった日常的ケアに慣れて頂く。第3章に詳細を記載する。<6>家族への医療的ケアの指導
ご家族が日常的ケアに慣れてきた段階で、主治医は看護師と相談しながら医療的ケアの指導計画を作成する。主に次の3つの分野に分けることができる。 ①人工呼吸管理に関しては、人工呼吸器の操作法と患者の見方とトラブル対処法について指導する。操作法に関しては、人工呼吸の呼吸生理学、人工呼吸器の原理をまず説明し、次に必要最小限のボタン操作を説明する。患者の見方としては、両側の肺音の聴取、胸郭の挙上の確認、パルスオキシメーターの見方を説明する。トラブル対処法としては、アラームが鳴ったときの対処法を説明し、またメーカーへの連絡、病院への連絡の仕方を伝えておく。説明の具体的内容や器械の詳細に関しては、第3章で説明する。
「※詳細は会員用ページ内在宅手技習得マニュアルをご覧下さい。」
②気管切開管理
気管カニューレのメーカーやサイズ、形を確定させ、気管切開部の消毒やYガーゼ交換、痰の吸引、人工鼻について説明する。また、気管カニューレが事故抜去した場合の対処法についても説明する。詳細を第3章に記す。
「※詳細は会員用ページ内在宅手技習得マニュアルをご覧下さい。」
③経管栄養管理
胃管、胃瘻の管理の仕方、注入栄養剤の名前、量、投与時間、クレンメの扱い方について説明する。詳細を第3章に記す。
<7>付き添い入院の開始
ご家族がケアに自信がついてきたら、まず1日の付き添い入院から始める。付き添いに関しては、下記のことに心がける。①児と母の健康状態が安定していること
②1日だけの付き添いとし、翌日は母が休める日であること
③習得目標とするケアの内容は、最小限の事項から始めること
このような付き添い入院を何回か行い、保護者がケアを少しずつケアを実践し、楽しんで自信をつけられるように配慮する。保護者の受け容れ具合を見ながら、付き添い入院の日数を徐々に増やしていく。
<8>ケア指導の体系化
①スケジュール表看護師は、児のケアに関する1日のスケジュールを書面に書いて母に渡す。保護者は、そのスケジュュールに従って看護師とともに児のケアを練習する。スケジュール表は時系列のタイムテーブルにする。また、時間に厳格なケア(薬剤や栄養剤注入など)と、時間が自由なケア(体位交換、入浴、痰の吸引など)を区別し、時間に厳格なケアを赤字(あるいは太字)に書いておくと、ケアへの理解が深まり、混沌とした不安が軽減される。例を第3章に示す。
②チェックリスト
また、保護者のケアの習熟度を図るためのチェックリストを作成し、定期的に(例えば週に1回)看護師は母の習熟度をチェックしていく。また、担当医師と看護師が話し合い、母の習熟度を確認しつつ、問題点を洗い出していく。チェックリストの具体例は第3章にある。
③ケア担当者会議
ご家族がケアに慣れた段階で、児の主治医、担当看護師、ご家族、ならびに他の関係者が一同に会して会議を開くと良い。出席が望まれる他の関係者としては、カウンセラースタッフ、ケアマネジャー、ケースワーカー、保健師、訪問看護師、在宅療養支援医師などが挙げられる。ここでケアの具体的な内容と、それを支援する制度やスタッフの役割について、共通の認識を持っておく。
<9>救急蘇生法の指導
子どもの救急蘇生法を保護者に教えるには、PALSの実習内容が役立つ。ただし、当院で蘇生人形を使って練習したケースでは、保護者は「人形と自分の子どもを重ねてしまうから蘇生の練習が辛い」と訴えたことがあった。そのため、リアルな人形を使うよりも、テディベアなどのような非現実的な人形を使ったほうが、保護者の心理的抵抗を軽減できるようである。また、長時間汗だくになりながら淡々と蘇生の練習をするほうが、そのような雑念を払拭しやすいようである。救急蘇生法の詳細は、第3章や参考文献を参照のこと。<10>福祉サービスの手続き
障害者福祉サービスの詳細を知るためには、市町村の保健センターの保健師や役所の障害福祉課に問い合わせると良い。そして具体的な福祉サービスの内容は、下記のとおりである。詳しくは第3章を参照のこと。 ①身障者手帳の取得
②障害児に関する福祉手当
③バギーの作成
④吸引器、おむつの給付
⑤特殊寝台、特殊マットの給付
⑥家の改造、ワゴン車の購入
<11>外泊
①外泊前のチェック②1泊2日の外泊にチャレンジ
③外泊を2週間毎に繰り返す。
④外泊日数を少しずつ延ばす。
ご家族が子どものケアに慣れてきたら、1泊2日の外泊を行ってみると良い。
①外泊前のチェック
外泊前にチェックすべき項目としては、
(a)保護者の日常的・医療的ケアの習熟度、
(b)移送手段の確保、
(c)自宅環境の整備、
(d)ケア担当者会議
が挙げられる。
- (a)ケアの習熟度: 前出の<8>②のチェックリストをもとに判断する。
- (b)移送手段の確保: 病院から自宅までの動線を明確にし、その経路で使う移送手段を確保する。呼吸器や付属品などの運搬に関する各人の役割分担の計画を立てておく。
- (c)自宅環境の整備: 自宅のドアの広さが移送に耐えられるか、ベッドや注入ボトルを部屋のどこに設置するか、自宅の電源の容量が人工呼吸器およびその他の電化製品に耐用できるかどうか、といった事情をチェックする。具体例を第3章に記す。
- (d)ケア担当者会議: 退院が具体的に見えてきた段階で、<8>③に行ったケア担当者会議を開く。ここで、それぞれの担当者の役割分担を明確にする。この会議を開くことによって、「退院時共同指導料」がコスト算定できる。
②1泊2日の外泊
土日を利用すると、父親が参加しやすい。外泊時、在宅人工呼吸器の会社や酸素会社の社員に同行を求めると良い。呼吸器の設置などを手伝ってもらえ、心強いからである。医療スタッフに余裕があれば、少なくとも初回は医療スタッフも付き添う。初めての外泊は、ご家族にとって大きな緊張を強いられるが、無事にやり遂げたときの達成感はひとしおである。緊急時の対処法として、病院への緊急連絡方法および救急隊向けの紹介状を、ご家族に渡しておく。病院と自宅が違う県に属する場合は、救急車を要請するときに自宅の県の病院に搬送されることになるため、近隣の病院への連絡とそこへの紹介状を渡しておく。
詳細は<11>で述べる。
③2週間毎に外泊
1泊2日の外泊を2週間毎などのペースで無理なく続ける。そして保護者が移送や在宅ケアに自信をつけるのを待つ。
④外泊の日数を延ばす
保護者が自信をつけたら、外泊の日数を少しずつ延ばしていく。ただし病院の制度上、3泊4日以上の外泊は不可能であるため、「退院」という事務手続きを取ることとなる。長期の入院に慣れていたご家族にとっては、一時的にせよ退院することによって、在宅医療へ進むための覚悟が出来上がる。
1週間、2週間と退院期間を長期化させることによって、徐々に生活を在宅優位に移行させていく。事務手続き上は「退院」なのであるが、これを「外泊」と銘打つことによって、保護者の不安は軽減される。また、「いつでも病院へ戻ってきていいですよ」と声をかけることで、ご家族の安心感は倍増する。
退院日には「退院療養計画書」を作成し、特殊医療ケアの「指導管理料」をコスト算定する。特殊医療ケアの指導管理料に関しては、第3章で明記する。
自宅に持ち帰る消耗物品としては、主に(1) 在宅人工呼吸器に関するもの、(2) 気管切開管理に関するもの、(3) 経管栄養に関するものがある。それらの詳細に関しては第3章で明記する。
<12>緊急時の対処法
外泊の前に、緊急事態が起こったときのための病院への連絡先と、救急隊員に差し出すための紹介状を、ご家族に携帯させておくと良い。自宅が病院と異なる県にある場合、救急車は県境を越えて搬送することができないため、自宅の県内の病院にあらかじめ緊急時の対応をお願いしなければならない。そのための事前連絡と紹介状の作成も必要になる。また、所轄の消防署にあらかじめ連絡し、救急隊用の紹介状を郵送しておけば、より丁寧である。救急隊用の紹介状は、医学的な情報よりもバイタルサインを中心とした下記のような簡略な情報のほうが望ましい。
①普段の意識状態
②普段の体温、心拍数、呼吸数、SpO2、血圧
③酸素・気管切開の有無、人工呼吸器の設定
④経管栄養の有無
<13>医療機関への連絡
①近隣の医院(できれば在宅療養支援診療所)②訪問看護ステーション
児の退院日が決まったら、ご自宅の近隣で、児のケアを引き受けてくれそうな医院を探す。在宅医療支援を担ってくれる診療所が近隣にあれば、訪問診療が受けられるため、病院を受診する負担をかなり減らすことができる。医院が決まったら電話で連絡し、紹介状を作成する。また、近隣の訪問看護ステーションにも連絡し、訪問看護依頼書を提出する。詳しくは第3章を参照のこと。
<14>退院
退院前に必要な消耗物品を揃えておく。外泊を何度も繰り返していれば、消耗物品はおのずと確定されるはずである。次回の来院が、病棟への入院ではなく外来への受診になった時点で、完全に「退院」したと説明するのがよい。外来受診に切り替えた後は、受診日に必要な消耗物品をご家族に渡さなければならない。そのため、次回受診日までに、病棟から外来看護師へ患者情報を申し送り、必要物品のリストを渡し、1ヶ月分の物品を外来に取り揃えておく必要がある。
<15>外来受診
在宅医療の生活の中で具体的に困っていることを聞き出し、解決に向けて積極的に動く。外来受診日には、次回の外来受診日までに必要となる膨大な消耗物品を保護者に渡さなければならない。そのため、外来受診日の前にそれらの物品を用意しておく。保護者も、その荷物を持ち帰ることを理解して来院していただく。<16>緊急入院
児の状態が不良で、ご家族が介護に疲れている様子であれば、積極的に入院を勧める。つまり早期入院、早期退院を目指すのが良い。医療者側が入院に消極的であると、ご家族は疲労が募り、医療不信に陥り、適切な時期に退院を促しても退院を躊躇され、入院がかえって長期化することになり、在宅医療の継続が困難になりかねない。<17>通所施設へのアプローチ
近隣の重症心身障害児施設や通所施設などでリハビリ通所することで、身体機能、精神機能の向上を図り、療育を通じたQOLの向上につなげることができる。通所施設の所在地は、市町村の障害福祉課や保健師から情報を得る。できれば退院前に通所施設に連絡し、紹介状をFAXか郵送しておくと良い。重症心身障害児施設では、ご家族が数日間患児を預ける制度(レスパイト入所)が利用できる。また、重症心身障害児施設へ通所していれば、将来ゆくゆくはそちらで入所させてもらうための布石につながる。
ただし、重症心身障害児施設に契約入所するためには、児童相談所に登録し、児童相談所を通じて契約しなければならない。NICU入院児支援コーディネーターがいる県では、コーディネーターが仲介してくれる場合もある。
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