欠乏しやすい栄養素
はじめに
NICUに長期間入院している児は基礎疾患にもよりますが、生後早期から獲得されるはずであった摂食動作が十分獲得できずに成長するため、十分な栄養摂取ができずに栄養素の欠乏状態になることがあります。特に重症児で長期間の経管栄養や静脈栄養が必要な場合には、活動性の低さから適正体重を維持する熱量が少ない場合があります。この場合には栄養剤の使用量自 体が少なくなるため微量元素等の不足を招きやすくなります。低い熱量投与であっても個々の栄養素が不足しないように注意することが必要です。
1.鉄欠乏
乳児期後半に なっても離乳食が進まず、母乳や育児用のミルクが主体の状態が持続すると相対的に鉄欠乏となり貧血の症状が出現することがあります。鉄が欠乏した場合の貧 血症状は顔色不良、体重増加不良、食欲低下、無気力などです。対処としてはできれば鉄の含有量の多い食材を用いて調理を行います。鉄は動物の肝臓、豆類、卵、野菜、牛乳などに含まれますが、摂取した場合、動物の肝臓や筋肉に含まれている鉄分の吸収が良いことが知られています。また、お茶に比較的多く含有さ れているタンニン酸は鉄の吸収を妨げるとされていますので注意が必要です。食事療法によっても改善しない場合は薬物療法が必要となります。鉄剤は体内で貯蔵している鉄を増加させるため、血液検査でのヘモグロビンが改善後3カ月程度は継続す ることとなります。終了後も食事内容や身体所見、ヘモグロビン、貯蔵鉄を定期的にチェックしていくことが必要です。
2.微量元素について
微量元素とは、生体が正常な生命活動を営むためには微量ですが必要不可欠な元素のことで、亜鉛Zn、銅Cu、セレンSe、モリブデンMo、クロムCr、マンガンMn、ヨードIなどがあります。微量元素は、通常の食事摂取をしている場合には欠乏をきたすことはまずありませんが、長期間経腸栄養が困難で静脈栄養を施行している場合などは欠乏することがあります。2-1)亜鉛
完全静脈栄養 中の亜鉛欠乏による症状発現までの期間は2週間から3カ月と幅があります。亜鉛が欠乏すると、体重増加不良や会陰や口周囲から始まり次第に増悪する腸性肢 端皮膚炎【写真】と呼ばれる皮膚炎や、免疫能低下による感染症の反復、味覚障害、舌炎、脱毛、下痢をきたすことがあります。
亜鉛の各年齢における必要摂取量は、0から6ヵ月の児で2mg/day、7から12ヵ月の児で3mg/day、1から3歳の児で3mg/day、4から8歳の児で5mg/day、9から18歳で8から11mg/dayとされています。
上記症状により亜鉛欠乏を疑い血液検査にて診断をします。血清亜鉛の正常値は、年齢によって異なりますが、おおよそ60μg/dl以下の場合に亜鉛欠乏を念頭に置き補充を行います。
【写真】腸性肢端皮膚炎
2-2)銅
銅の添加されていない完全静脈栄養中の症状発現までの期間はおおよそ4週間程です。銅が欠乏すると鉄剤の投与でも効果のない貧血や骨粗鬆症、好中球減少症をきたします。
銅の各年齢における必要摂取量は、0から6ヵ月の児で0.20mg/day、7から12ヵ月の児で0.22mg/day、1から3歳の児で0.34mg/day、4から8歳の児で0.44mg/day、9から18歳で0.77から0.89mg/dayとされています。
また、銅は胆汁中に排泄されるため胆汁鬱滞がある児では補充にあたって注意が必要です。
2-3)マンガン
小児での報告は少ないですが、短腸症候群に長期間静脈栄養を施行した児などで報告されています。その症状は発育障害、骨成長障害です。動物実験では運動失調も報告されています。マンガンの各年齢における必要摂取量は、0から6ヵ月の児で0.003mg/day、7から12ヵ月の児で0.6mg/day、1から3歳の児で1.2mg/day、4から8歳の児で1.5mg/day、9から18歳で1.6から2.2mg/dayとされています。また、マンガンは胆汁中に排泄されるため胆汁鬱滞がある児では補充にあたって注意が必要です。マンガン過剰ではパーキンソン病様の症状が脳内蓄積によって生じるとされています。
2-4)セレン
土壌中のセレン濃度が少ない地域で育った植物はセレン含有量が少なく、その植物を摂取する動物のセレン濃度は低くなることが知られており、土壌の濃度に影響を受けています。Keshan diseaseは中国のセレンが少ない土地での風土病であり小児や若い女性で心筋症を発症することが知られています。また、長期にわたり完全静脈栄養を施行された場合にもセレン欠乏による心筋症が発症することが知られています。セレンの各年齢における必要摂取量は、0から6ヵ月の児で15μg/day、7から12ヵ月の児で20μmg/day、1から3歳の児で20μg/day、4から8歳の児で30μg/day、9から18歳で40から55μg/dayとされています。血漿セレン濃度やグルタチオンペルオキシダーゼを参考に欠乏症を診断します。セレンは中毒域が狭いため投与時には注意が必要です。過剰投与により粘膜の過敏症、皮膚蒼白、易刺激性、消化障害が生じることがあります。
2-5)クロム
クロムは主に糖代謝に関与する微量元素でクロムを含まない静脈栄養を長期間施行した場合に報告されています。欠乏症状として耐糖能低下(インスリン需要の増加)、末梢神経障害があります。クロムの各年齢における必要摂取量は、0から6ヵ月の児で0.2μg/day、7から12ヵ月の児で5.5μmg/day、1から3歳の児で11μg/day、4から8歳の児で15μg/day、9から18歳で21から35μg/dayとされています。腎排泄のため腎機能が低下している場合には注意が必要です。
2-6)モリブデン
成人ではモリブデンを含まない静脈栄養を長期間施行した場合に欠乏症状が報告されています。症状は嘔吐、昏睡、頻脈、多呼吸、中心暗点などです。モリブデンの各年齢における必要摂取量は、0から6ヵ月の児で2μg/day、7から12ヵ月の児で3μmg/day、1から3歳の児で17μg/day、4から8歳の児で22μg/day、9から18歳で34から43μg/dayとされています。
2-7)ヨウ素
ヨウ素は甲状腺ホルモンの成分であり、欠乏すると甲状腺機能低下症状を引き起こします。ヨウ素の各年齢における必要摂取量は、0から6ヵ月の児で110μg/day、7から12ヵ月の児で130μmg/day、1から3歳の児で90μg/day、4から8歳の児で90μg/day、9から18歳で120から150μg/dayとされています。
3.ビタミン
NICU長 期入院児では、経腸栄養摂取が可能であっても摂食嚥下の問題があり個々の嚥下機能にあった状態に食品を加工する必要がある事があります。その場合には長時 間の加熱処理やミキサーにての粉砕が必要であり個々の栄養素が調理過程において紛失することがあります。ビタミンDと葉酸、ビタミンB12の欠乏が重症心 身障害児においても知られています。3-1)ビタミンD
NICUに長 期入院している児は日光照射不足や抗けいれん薬の服用の影響によりビタミンDが不足することがあります。ビタミンDは消化管からのカルシウムやリンの吸収 を高め骨の形成に関与しています。そのためビタミンDの不足により骨密度が低下し骨折が生じやすくなります。
3-2)葉酸、ビタミンB12
葉酸、ビタミンB12は野菜、果物にはほとんど含まれていないため菜食主義者では発症することがあります。また、長期に経管栄養をおこなった重症心身障害児や抗痙攣薬長期内服後にも発症が散見されています。葉酸、ビタミンB12が欠乏することで巨赤芽球性貧血が生じます。症状としては貧血に加え舌炎、四肢のしびれや運動失調などの神経症状をきたすことがあります。
まとめ
NICUに 長期間入院している児は、様々な基礎疾患のため、経口摂取が困難であるため経腸栄養剤による栄養摂取が主体であったり、経腸栄養が困難なため静脈栄養に依 存している場合があります。また、経口摂取が可能な児であっても食事形態の配慮を必要とすることがあり、調理段階での栄養素の損失が生じることもありま す。さらに、NICU内で長期管理されている乳児は、一般的に身体発育や活動性が低く、適正な栄養基準を決定することも難しい状況にあります。そのため個々の児で年齢、体重増加率、運動能力や基礎代謝といった面から総合的に栄養管理をする必要性が生じます。その際に、3大栄養素(蛋白質、炭水化物、脂質)だけでなく、それ以外の微量な栄養素の摂取量や欠乏症状が出現していないかにも配慮する必要があります。- TOPページ
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